NPO法人クロスフィールズ
代表理事 小沼大地 氏
一橋大学社会学部卒・同大学院社会学研究科修了。青年海外協力隊として中東シリアに赴任後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて勤務。2011年にクロスフィールズを創業。2011年に世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Shaperに選出。2016年、ハーバード・ビジネス・レビュー未来をつくるU-40経営者20人に選出。著書に、『働く意義の見つけ方――仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)。
この記事は、新興国には松下幸之助がたくさんいるの続編記事です。
小沼さんが考える、これからのリーダーのあり方というのはどのようなものですか。
世界的にも非常に注目されているのが、「トライセクター・リーダー(Tri-sector Leader)」の重要性です。民間(企業)・公共(政府)・社会(非営利団体)の3つを横断して活躍するリーダーがこれからの時代を切り拓いていくという考え方です。マイクロソフトから今は財団活動に身を投じているビル・ゲイツも一例です。また、アル・ゴアは副大統領まで政治を極めた後に「不都合な真実」で環境活動家として名を成し、さらには環境市場への投資で財を成しています。シェリル・サンドバーグも世界銀行でのキャリアをGoogleで開花させ、FacebookのCOOとして辣腕を振るっていますが、ユーザーデータ問題への対処でも彼女の行政経験が活かされるでしょう。どれか一つだけの経験しかないというシングルセクターリーダーでは頭打ちになるという考えは世界中の経営者たちに広がっています。仕事をしていく上で、セクターをまたぐ、つなぐといった経験が極めて重要になってきているのです。
クロスフィールズ自体からもトライセクター・リーダーを生み出せると考えていますか。
まさに私たちのメンバーも、社会課題領域とビジネス領域の両方を行き来しています。たとえば、クロスフィールズを退職したメンバーの例では、三井物産や伊藤忠といった大手商社からクロスフィールズを経て、海外のトップスクールに留学し、マッキンゼーからオファーを断ってその先のチャレンジをしている例があります。また、GEからクロスフィールズを経て、自身で起業した例もあります。いずれもクロスフィールズにいた3年ほどで、この世界観を見て自分のやりたいことを見つけたり、探索すべき方向性を切り拓いたりしているのです。キャリアにおいて、この「意図的な踏み外し」を一度してみると、自分の方向性が見つけやすいのではないでしょうか。NPOという特殊なキャリアを経るとその先が厳しくなるというイメージは実際には当てはまりません。そういった意味で、クロスフィールズ自身がトライセクター・リーダーを生み出す場として機能していると思います。
クロスフィールズが株式会社ではなくNPOである意味は何でしょうか。
NPOは、インターネットと同じくらい、これからの世界に必要とされる成長産業だと考えています。にもかかわらず、日本ではNPOの業界の力はまだまだ足りていないです。民間・公共・社会の3つのセクターの協働が欠かせないのは世界のコンセンサス。これまで社会課題解決は行政の役割でしたが、取り残された課題は山積みです。NPOへの期待は当然高まるでしょう。一方で、たとえば米国に比べ日本ではNPOの経済規模もGDP比で1/10程度。つまりまだまだ伸びしろがあります。NPOは日本社会における数少ない成長産業といえるのです。そうしたNPOの成長期において、クロスフィールズはロールモデルとして産業としてのNPOの成長加速に寄与したいのです。従来の清貧なボランティア的イメージではなく、キャリアとして魅力があり、経済的にも成り立つ産業業界として成長していく様が世間に知られれば、NPOというもの自体が注目されるでしょう。だから、私たち自身もあえて株式会社という法人格ではなく、NPO法人で創業するという道を選びました。日本におけるベンチャー企業の位置づけも、この10年ほどでずいぶん変わり、キャリアとしての価値を確立することに成功してきました。同じことが、間違いなくNPOにも起こりますし、私たちが率先して起こしていくつもりです。
NPOはNon-Profit Organizationの略で、非営利団体といわれますが、利益についての考え方も改めるべきかもしれませんね。
NPOを「ノン・プロフィット」と訳すのには違和感があって、正しくは「ノット・フォー・プロフィット」、つまり営利が目的ではない、と考えるべきだと思っています。むしろプロフィットをしっかりと作って課題解決に向かうのが本質であり、企業と同様に経営していくものなのです。最近のベンチャー企業にも「ノット・フォー・プロフィット」の精神は見受けられます。利益は手段として必要だが、それよりも社会を変えるのだという気概ある経営者がたくさんいます。若い世代においては、ベンチャーとNPOの世界観が近づきつつあるのですね。
NPOと株式会社の決定的な違いは、出資者への配当をしないということです。逆にいうとそれ以外のこと、たとえば利益をメンバーの給与や賞与に回すことや次なる事業に投資していくことは自由です。私たちは、社会的課題に対してしっかりと役割を果たし、しっかりと稼いで給与も支払い、投資も行って、社会へさらなるインパクトを与え続けていくことが重要だと考えています。
クロスフィールズのメンバーたちは、実際どのように活動されているのですか。
核になるのは「プロジェクトマネージャー」という役割です。留職プログラムを取り入れる企業人事部の方と一緒にプログラムの企画を行うとともに、派遣される社員の方がアジアの社会課題の現場で成果を出すまでを一貫して伴走します。イメージとしては、日本ではスーツを着て人事部に出入りしてかっちりと仕事をし、新興国ではバックパッカーのように駆けずり回って共感を武器に仕事をしながら、1つ1つ手作りでプログラムを作っていく感じですね(笑)。
留職プログラムは、大きくは「企画設計」「実施支援」の2つのステップがあります。
企画設計では、主に人事部の方と一緒にプロジェクトを企画していきます。
企業のニーズに応えるプログラムを設計し、人事担当者と一緒に派遣者を面接・選考し、その方のこれまでのキャリアやスキル等について聞き取りながら、マッチする活動団体のテーマや、業務内容の要件定義を行います。同時に留職先となる新興国側のNPOや社会的企業の候補団体と交渉し、現地の課題を抽出します。非常に高度な問題解決スキルを発揮しながら、日本語と英語でコミュニケーションし、日本企業と新興国NPOという全く異なるコミュニティ双方のニーズを合致させていくのがプロジェクトマネージャーのミッションとなります。
実際に留職先が決まったら、実施支援の段階に移ります。留職プログラムに派遣される方たちの成長と、現地での問題解決の2つに同時に向き合います。出発前から話し合って派遣者の目標設定を行い、最初の1週間は一緒に同行して、派遣者がしっかり問題解決していけるよう道筋を立てることをサポートします。その後もテレビ会議で週1回、コーチングのように対話をしていき、プロジェクト終了後に現地での活動をどのように日本での仕事に活かすかも一緒に言語化します。プログラム期間中を通じて派遣者に寄り添い、応援し、その方の可能性を信じてポテンシャルを引き出すことがミッションです。
クロスフィールズ自体の今後をどう考えていますか。
これまでの7年間は留職プログラムの確立に集中してきましたが、留職の社会的インパクトを力強く感じ始めたいま、事業領域を拡張しはじめているところです。留職の対象は主に若手でしたが、現在のマネジメント、エグゼクティブ層にもアプローチを始めています。「社会課題体感フィールドスタディ」という1週間程度のプログラムで、先日も6社の大企業から部課長の方々13人をインドの農村部にお連れしました。実はインドでは地方でもIoT化が進んでいて、たとえば乳牛にウェラブルデバイスが付けられており、搾乳のタイミングが自動で分かり、搾乳するとその値決めもその場でできるようになっています。中間業者を外せるので、市場の活性化につながっています。また、遠隔診療も、日本より圧倒的に進んでいます。このプログラムでは、そうした進化の現場とともに、スラムの現状も見ていただき、世界の裏側の人たちの生活に思いを馳せるとともに、テクノロジーがそうした世の中を変えていく状態をリアルに感じていただきます。大企業の役員や部長が持っているイメージを壊すようなギャップを感じて頂くのです。
1週間ですが、エグゼクティブの方に社会課題の現場を体感いただくことで、「自社もこれから変わらねば」という危機感と、「若手のチャレンジを応援しよう」という意識の醸成につながるのです。大手の自動車会社や通信会社の40代50代の部長クラスで経営企画や新規事業開発などに携わられているような方が参加されていますが、企業からの反響が大きく、このプログラムは新規の受付をいったんお断りしているような状況です。
もう一つ、日本国内でもフィールドスタディを試みています。これは、東北の、東日本大震災の今まだ残る爪あとを見て回り、社会課題を正面から感じる体験です。被災地の現状や原発が引き起こしたことの結果を改めて直視することで、エグゼクティブに刺激を与えていますが、ひいては企業の経営のあり方にも影響を与えていけるものと、今まさに確信を深めているところです。企業と社会課題を結びつける方法は、このようにまだいろいろと考えられます。そうした新規事業の企画開発にもどんどんチャレンジしていきたいですね。
実は最近、意識して活動の幅を広げてみようと、クロスフィールズが掲げるミッション・ステートメントを「枠を超えて橋をかけ、挑戦に伴走し、社会の未来を切り拓く」と置きなおしました。この新ミッションのもと、留職だけに留まらず、さらに社会に新しい価値を提供し、社会全体を変えていきたいですね。一緒に挑戦してくれるメンバーにもぜひ多く出会いたいと思っています。