採用ブランドを確立するために知っておきたい2つのモデル
岩本:
成長企業の採用のあり方は、成長ステージによって変化します。創業直後は、人づてで人材を紹介してもらい、しかも、一所懸命に会社の中身について説明して納得してもらう、というより、説得して"入社してもらう"的な採用が多いのではないでしょうか。
企業が順調に成長していくと、リクルーティング会社などを活用しながら、採用基準も整備して体系的に採用していくことになりますが、そのフェーズになると、企業の「採用ブランド」を意識することが極めて重要になります。では、採用ブランドを構築するにあたって注意すべき点は、どのようなことでしょうか?大きく以下の3点だと考えています。
1)自社の事業特性や成長フェーズに、最も必要な人材を定義すること
成長企業がIPOして名前が知られるようになると、外から見た印象と内部の実態がかけ離れてくることが多くなり、欲しい人材と応募してくる人材とのミスマッチが生まれやすくなります。採用企業側も応募数が増えることで、過去に比べて人気が高まったことで勘違いしてしまい、ミスマッチを見極められないまま時間が過ぎてしまうこともあります。
2)欲しい人材セグメントに対する訴求力を向上させること
成長企業にとって、ミスマッチ人材を採用することで経営に与えるマイナスインパクトは、安定した大企業に比べてかなり大きく、成長の阻害要因にもなり得ます。そのため、本当に欲しい人材に対して、企業の魅力を正しく訴求できる力を採用担当者が身につけることは非常に重要なことであり、採用人気ランキングを高めるといった総花的な施策とは違った観点で、本質的に効く施策を打つ必要があります。
3)採用される人材の成長サイクルを明確にすること
採用される側の人材にとっては、「入社後に活用できるポジションが見つけられる」「自分が成長できる」「身に付けたスキルがその会社を退社後も活用できる」というイメージをもてることが重要です。そのためには、まず何よりも、自社の社員がどのようなキャリアアップをしているのか、キャリアパスがあるのか、を整理しなおしておくことや、今後も成長し、さまざまなポジションが用意される可能性を説明できるようにしておくことが必要です。
そして、成長企業をベンチマークしてみると、採用ブランドのモデルは2つに分類できるように思います。
1) "偉大な企業の一員"モデル
圧倒的に強い事業がある企業で、それによって"世界一を目指す"、といった壮大な目標を掲げてリアルに成長を推し進め、応募者はその一翼を担いたいという動機で競って応募してくるというモデル。
2)"個人の成長加速"モデル
細かい事業の集合体、あるいは、事業をどんどん多角化していく企業で、リーダー的ポジションが多く用意され、「ここで働けば個人としての成長が加速される」と感じてもらえる、成長意欲の高い人材が競って集まってくるモデル。
2つのモデルは両極端のモデルであり、どちらかのモデルを取った方がいい企業もあれば、2つのモデルの中間のモデルを取った方がいいといった企業もあります。自社がどういうモデルで採用ブランドを創ろうとしているのかを明確にすることは、成長企業の経営者にとって取り組むべき経営課題であるといえるので、参考にしてみてください。
採用ブランドとビジネスモデルの意外な関係
清水:
採用ブランドは、ビジネスモデルと意外なほど密接に関係しているのではないかと感じ始めたのは、ユニクロさんとミスミさん(以下、敬称略)という、商材もビジネスモデルも全く異なる日系成長企業とのお付き合いの中で実感してきたことです。
まずはユニクロ。
SPA(製造小売業)というビジネスモデルの代表的なプレーヤーであるユニクロは、洋服を企画し、生産し、店頭やECで売り切るところまで、バリューチェーンのほぼすべてを自社で行います。一つの商品カテゴリーや店舗を「事業」と捉えることも可能ですが、基本的には売上高約1兆円の太くて長いバリューチェーンが、会社全体に横たわっていると見ることができます。
ユニクロに感じる採用ブランドは、「日本発世界一という、壮大なチャレンジの一部になれる」ということ。かつては、「キャリアのステップとしてユニクロで経験を積み、外の世界に羽ばたいていきたい」という人材がユニクロに惹かれていた時期がありました。しかしここ数年は、ユニクロ側のスタンスも、転職市場における印象も「偉大なものの一部モデル」で一致してきたように思います。
「トヨタやソニーのように、テクノロジーで世界を席巻した日本企業の例はあれど、衣食住という文化に根差した商材で、世界規模でNo.1になった例はない。それを成し遂げる一員として、世界を相手に勝負をしてみないか」、という投げかけこそがユニクロの採用ブランドだと思います。ここにおいて、「ユニクロをキャリアのステップとして」考える方はフィットせず、歓迎もされません。これは、ユニクロのビジネスがSPA事業であり、太くて長いバリューチェーンをさまざまな部門の人たちが支えるモデルであることと強い関係があるのではないでしょうか。
なお、「偉大なものの一部」という表現には、「勝ち馬にぶら下がるフリーライダー」を含まないことを、あわせてお伝えしておきたいと思います。
一方の、ミスミ。
東証一部上場の機械部品商社です。プロ経営者として名高い三枝匡氏がミスミの社長になったのは2002年。当時、売上高約500億円であった同社は、三枝氏の社長就任後の約10年で、売上高約2.5倍まで伸長しました。
三枝氏(現・ミスミ会長)はかねてから、「経営者人材の育成が最優先」と明言していました。業績よりも、です。三枝氏がミスミの社長を引き受けた理由のひとつに、「創って、作って、売る」という商売のサイクルを内包する事業が複数ある企業であり、「小さな組織」に分けて、徹底的に経営経験を積ませられるからだ、ということがあったようです。
ミスミの採用ブランドとしての強さは、「経営者人材としての成長機会の提供」だといえます。三枝会長は「フレームワークや戦略論」と、「経営現場での実経験」の両方が重要だと考え、ミスミの幹部候補に徹底的に両面から知識と経験を積むよう求め、支援しています。「ミスミで働けば、経営者人材としての力が身につく」。いつしか転職市場でもそのような採用ブランドが確立されていきました。これは、ミスミのビジネスモデルが、複数の事業(≒経営現場)をポートフォリオとして持っていることと無関係ではないと考えます。
二つのモデルの優劣を論じることは本旨ではありません。着目したいのは、両社とも、自らのビジネスモデルに即した採用方針や採用ブランドを確立したことが、今日の成長に繋がっているのではないかという点です。成長企業の採用ブランドは、経営トップのキャラクターや考え方に左右されることは確かですが、実はビジネスモデルとも、意外なほど密接に関係しているのではないかと感じます。今後も、採用ブランドとビジネスモデルというテーマについて、考えを深めていきたいと思います。
岩本 隆|慶應義塾大学大学院 経営管理研究科特任教授
東京大学工学部卒業。UCLA博士課程修了(Ph.D. in Materials Science and Engineering)。モトローラ、ルーセント・テクノロジー、ノキア、ドリームインキュベータ(執行役員)を経て、2012年より現職。成長企業の戦略論、新産業創出に関わる研究を実施。
清水 隆史|株式会社プロコミット 代表取締役社長
早稲田大学法学部卒業。ベンチャー企業の経営企画室長としてIPO達成後、ドリームインキュベータに入社。企業の成長戦略、資金調達、組織改革、新規事業のコンサルティングに従事。2005年より現職。成長企業の中途採用支援を行う。
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