日本の成長企業

異色のスタートアップが挑む、「家電のイノベーション」

株式会社Cerevo
代表取締役CEO 岩佐琢磨 氏

立命館大学理工学部卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)に入社。デジタルカメラ、テレビ、DVDレコーダー等のネット連携家電の商品企画を担当。2007年、家電のスタートアップ企業として、株式会社Cerevo(セレボ)を設立、代表取締役CEOに就任。インターネット連動のデジタルカメラ「CEREVO CAM」、Ustream配信機器の「Live Shell」が、日本・北米を中心に注目を集めている。

なぜ、「家電のスタートアップ」をやろうと思ったのですか。

今、スタートアップの多くは、ネットサービスやスマートフォンのアプリケーション、ソーシャルゲーム等の、いわゆるソフトウェア企業です。その状況を見て、「折角のスタートアップで、みんなと同じことをやっても面白くない。誰もやっていないことをやりたい」、という思いを強く持ちました。私自身がもともとパナソニックで一貫してネット家電の商品企画に携わってきたこともあり、「国内でハードウェアのスタートアップを成功させる」というのはチャレンジングなテーマじゃないか、と思ったのです。

事実、家電業界は特殊な業界で、主要企業のほとんどが東証一部の大企業です。「結局、大企業しか製品を出していない」という状況には、閉塞感のようなものを感じ始めていました。私のような「作り手」の視点から見ると、「これがあったら、もっとお年寄りが便利に過ごせるだろう」とか、あるいは「若い女の子がもっとかわいくなるだろう」、「この部品と、この基板を組み合わせればこうやって作れるじゃないか。どうして誰も出さないんだ」、といった思いを強く感じる状況だったのです。

「テクノロジーとしては存在するが、誰も、生活がもっと便利になる製品として出してこない」というジャンルが、家電の領域にはまだたくさんあります。結局、やる人がいないから製品が出てこないだけなのです。その結果、人の生活が便利にならないというところに対して、「じゃ、僕らがやりましょう。」というのが、家電のスタートアップとして起業した理由です。

どのようなプロダクトを作っているのですか。

デジタルカメラや、Ustreamのライブ配信用機器、それにiPhone関連機器、ネット連携の目覚まし時計など、複数のプロダクトがあります。例えば、この「CEREVO CAM live!」というデジタルカメラ(※下写真左)は、撮った写真をすぐにソーシャルメディアにアップできるだけでなく、カメラ単体でUstreamライブ配信ができる世界初のデジタルカメラです。ハイビジョン動画をボタン一つでYouTubeに自動投稿することもできるなど、ソーシャルメディアでの活用を、徹底的に重視したプロダクトです。

そして今、我々のプロダクトの中で、グローバルで最も売れているのは「Live Shell」というというUstream配信機器です(※上写真右)。これまでは、Ustreamでのライブ配信をするためには、パソコンを用意し、配信ソフトを用意し、安定配信にものすごく気を配って...という様々な苦労がありました。iPhoneをはじめとしたスマートフォンを使えばもう少し簡単に配信することは可能ですが、それらのカメラでは、画質や音質、手ぶれ補正の面で、全く物足りない...。そこを解決したのが、Live Shellです。これを使えば、ビデオカメラとケーブルでつないで電源を入れさえすれば、高画質・高音質のUstreamライブ配信が、簡単に実現できます。配信現場にPCを持ち込んだり、配信ソフトと格闘したりする必要は全くありません。

Cerevoが作るプロダクトの特徴は何ですか。

私たちの理念は明確で、「ネットと家電で、生活をもっと便利に・豊かにする」ということです。これまでも、これから出すプロダクトも、このコンセプトから外れることはありません。カメラであっても、Ustream配信機器であっても、目覚まし時計であっても、「ハードウェア×ソフトウェア×インターネット」という組み合わせを最大限に活かすことで、人々の生活にインパクトを与えることを常に考えています。

「CEREVO CAM」というデジタルカメラの例でいうと、そもそも発売した時点では動画が撮れませんでした。このカメラを最初に買ってくれたAさんは、その時点では静止画しか撮れなかったわけです。

ただ、発売前から動画を撮る機能は入れようと思っていましたし、ハードウェアにはそれが可能なように実装してありました。そして、発売後しばらくしてから、予定通りソフトウェアをアップデートしまして、動画撮影を可能にしました。最初に買ってくれたAさんは、動画機能が欲しいからと言ってカメラを買い替える必要はありません。カメラをインターネットにつないでアップデートするだけで、昨日まで静止画しか撮れなかったカメラで、今日から動画も撮れるようになるわけです。そしてその後、動画が撮れるだけでなく、ライブ配信もできるようにしました。これもソフトウェアのアップデートをするだけでいいので、Aさんはカメラを買い替える必要が全くありません。非常にシンプルな例ではありますが、これが、「ハードとソフトとネットを融合させた家電のあり方」の一つの例だと思っています。

インターネット環境がこれだけ整備されているのですから、私たちにとっては、「機能がたとえ限定的であってもハードウェアをまず投入しておき、後からソフトウェアのアップデートによって、時流に合わせてプロダクトの価値を高めていく」、ということは、もはや当たり前になってきています。

商品カテゴリとしては、何かに特化するつもりはありません。あくまでもスタートアップらしく、機動性というか、「何にチャレンジすれば、生活がもっと便利で豊かになるのか」というような、イノベーションのティッピングポイントを見極めたうえで、フレキシブルに、特徴あるプロダクトを提供していきたいと思っています。

家電の新たな可能性を強く感じるお話ですね。一方で、「ハードウェアとしての製品を購入しさえすれば、あとはソフトウェアで機能がアップデートされていく」とすると、ハードウェア自体のライフサイクルが長くなってしまい、メーカーとしては儲からないのではないでしょうか。

確かにこのモデルは、既存の大手メーカーにとっては厳しいかもしれません。買い替え需要が起きないので、どんどん売上が下がってしまうでしょうね。逆に、私たちのような小さなメーカーといいますか、スタートアップにとっては、バンバン買い替えてもらうモデルの方がつらいので、この流れは歓迎です。

携帯電話を例に挙げると、日本では半年に一度、新モデルが出ます。「夏モデル」「冬モデル」という感じで。一方でiPhoneは、1年に1回しか新モデルを出しません。しかも、iPhone3Gと3GS、iPhone4と4Sは筐体が同じですから、ハードウェアの開発はだいぶ楽になっているはずです。Appleは「半年に一度新製品を出せば、2倍儲かる」とは考えていないのでしょう。新製品の投入頻度を抑える分、無駄な開発費も抑えられますから、ビジネスとしてはむしろ、回収が楽なはずです。

Appleのやり方は、我々のようなスタートアップにも参考になります。新しいモデルを作るには、相当な開発リソースを入れなければいけないので、一度作ったものは、ロングランで売れ続けて欲しいと思っています。Live Shellにしても、新モデルを投入せずに、このまま現行機が売れ続けてくれるのが一番いいですからね。そして僕らは別の、「こういう電子ペンの新プロダクトを開発しました」といった、新たな方向に行った方がいいと思っています。

既存の家電メーカーとは考え方や方法論がずいぶん違いそうですね。

日本の大手家電メーカーは、非常にしっかりした品質管理部門があり、十分すぎるほどの時間をかけてあらゆる角度から検討をして製品を市場投入するので、スピード感が決定的に違います。市場では、「あと1か月早く投入できていたら、シェアを獲れたのに」といったシビアな戦いが日々繰り広げられています。スピードを重視するためには、全ての機能を実装する前であっても、まず市場にハードウェアを投入しておき、そこからソフトウェアで機能を追加していく、という動きが必要になります。それは現在のハードウェア技術、ソフトウェア技術、ネットワーク環境をもってすれば、十分に可能です。スピードは極めて重要な要素ですからね。

大手であっても、Appleはこの考え方や方法論を最大限に実践しています。再度iPhoneを例にとると、最初は確か、コピー&ペーストという、パソコンでは当たり前の機能が搭載されていませんでした。きっと、多くのユーザーから、「どうしてコピペもできないんだ!」という話が相当多くあったのでしょうか、その後のソフトウェアのアップデートで機能が追加されたという経緯があります。

他にも、iPhone登場時には恐らく、Twitterはまだそれほど大きなムーブメントになっていなかったと思います。しかし、あっという間にTwitterが勃興し、ユーザーから「iPhoneで撮った写真を、そのままTwitterに投稿したい」というニーズが出てきたのでしょう。iOS5から、確かその機能が入ったと思うんですね。ソフトウェアのアップデートを最大限有効に活用することで、ハードウェアの市場投入後であっても、ユーザーの声をプロダクトに反映させることが出来るということのいい例です。

そういう意味では、長い開発期間をかけて作りこんだハードウェア&ソフトウェアを投入し、アップデートは新製品が出るまでやらない、という既存の方法論とは、全く異なる世界に突入したといえますね。

今後の家電は、どのように発展していくとお考えですか。

こう言うと混乱されるかもしれませんが、今までお話した、「ハードウェアの中に入っているソフトウェアをアップデートして、機能を追加していく」というアプローチですら、そろそろ陳腐化して、古いやり方になりつつあるのではないかと感じているんです。

最新の私たちのやり方はもう少し先を行っています。というのも、Live Shellというハードウェア内に入っている組み込みソフトウェアは、ユーザーからはあまりその全貌が見えないようになっています。ユーザーは、Live Shellというハードウェアそのものでユーザー体験を得ていると感じるかもしれませんが、実は、ユーザー体験を生み出している表層部分、すなわちユーザーが触れるユーザー・インタフェースの部分は、端末の中にはなく「遠く離れたサーバー」の中にあるんです。

例えば、このインタビュー風景を、Live Shell を使ってUstreamでライブ配信する場合、映像に「現在、プロコミットによるインタビュー中」といった字幕を入れることができますが、実は、面白い仕組みで字幕を入れているんです。視聴者は当然、Ustreamのサーバーから映像を見るわけですが、ビデオカメラから出力されるデータは、Live Shellを通じて、Ustreamだけでなく当社のサーバーともつながりを持ち続けているんです。配信者が、こういう字幕を入れたいな、といって、スマフォで文字を打つとします。そうすると、その文字データが当社のサーバー上で画像ファイルに変換されて一旦LiveShellに送り込まれ、ビデオカメラからの映像とミックスされた上でUstreamのサーバーに送り込まれ、字幕の入った映像として視聴者に届く、という仕組みになっています。

一見単純なようですが、これを、Live Shellの端末内に入っているソフトウェアだけで実現しようとすると、制約条件が大きくなります。例えば文字データを画像に変換するには、フォントに関するファイルが必要ですが、NAND(LiveShell本体内メモリー)の容量や、フォントのライセンス問題などがあり、実はかなり大変です。それなら一つ一つの端末に持たせずに、あちら側(サーバー側)で持ってしまえばいいじゃないか、と。

だ、これはあくまでも裏側の話であって、ユーザーの操作としては極めてシンプルです。このシンプルさは、実際のプロダクトをみてもらえればわかります。Live Shell本体には、ボタンがたった4つしかありませんから。では、どうやって細かい操作を行うのか?これは全てWeb(しかも、ブラウザ)で、きめ細かなコントロールや調整が可能です。よって、配信現場から離れてしまっても、スマートフォンやPCさえあれば操作できます。

例えば今、このインタビューを配信しているとして、「岩佐さんの声が小さくて聞こえないよ」と、視聴者からコメントが入ったとします。「あっ、ごめんなさい。今、声を大きくしますね」とか、「電波状態がちょっと良くないので、映像のクオリティをちょっと下げますね」といって、スマフォやPCのブラウザ上ですぐに調整できます。極端な話、今、東京でやっているこのインタビューを、地球の裏側であるブラジルから、スマフォでコントロールすることができる、ということです。

このコントロール機能を、Live Shellの端末に実装すると、大きなタッチパネルを付けたり、内部にもさまざまな部品が必要になるので、コストも大きく上がってしまいます。このあたりの切り分け方、組み合わせ方が、我々の強みかな、と思っています。単純にハードだけを作って売ることが得意な会社ではなく、かといって、ソフトウェアだけが得意な会社でもない。「サーバーサイドも含めて、これらのテクノロジーを組み合わせて、イノベーションを起こすことができるチーム」というのが、これからのメーカーのあり方かなと思いますね。

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