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イノベーションの当事者として、今、考えていること|井上 陸氏(前編)

Google Inc.
Product Manager 井上陸 氏

1981年生まれ。東京大学工学部卒業後、スタンフォード大学にてコンピュータサイエンスを専攻し、修士修了した後、Googleに入社。数か月間の米国本社勤務の後、東京オフィスにてモバイル担当のアソシエイトプロダクトマネジャーとして、検索、マップ、 日本語版Google音声検索 など数多くのGoogleプロダクトを携帯電話向けに対応。その後、2010年10月からGoogle米国本社に勤務。 現在はGoogleの重要テーマであるモバイル分野の新プロダクト開発を担当。

シリコンバレーに来たきっかけを教えてください。

きっかけは、スタンフォード大学です。スタンフォードはある意味特殊な場所で、このシリコンバレーの中心というか、シリコンバレーを生む原動力になったといえるところなので、コンピュータサイエンスを本当に学ぶなら、やはりここだな、と思って来たのがきっかけです。そして、スタンフォード大学で修士修了後、Googleに入社しました。最初の数か月をそのままGoogleの米国本社で過ごした後、東京に異動になりました。当時はスマートフォンの黎明期ともいえる時期で、Googleでは早くからモバイルに力を入れ始めていましたので、モバイル向けにGoogleのサービスを展開していくプロジェクトに複数関わってきました。現在は、またシリコンバレーに戻って、Google米国本社で働いています。

ただ、意外かもしれませんが、Googleは東京にいても、マウンテンビューにある米国本社にいても、本質的には変わらないな、というのが私の率直な感覚です。自国の人とだけ働くことはGoogleではありえませんし、各国のオフィスも米国本社とあまりカルチャーが変わらないですからね。新しいプロダクトを生み出していくという点でも、世界中のオフィスから十分に世界中に発信していけます。

プロダクトマネジャーとして、どのようなお仕事をされているか教えてください。

Googleのプロダクトマネジャーは、仕事領域が非常に広いのが特徴です。機能の定義から、デザイン、マーケティング、パートナー企業との交渉、プロダクト発表の広報に至るまで、一つのプロダクトについて多岐にわたって関わります。例えば、新しいプロダクトの開発をするときは、プロダクトのアイディアを考えることから、どうやって、Googleにふさわしい大きなスケールにしていくか、というグランドスキームを作るところから始まります。こう言うと大きく見えますが、day1は小さなプロジェクトチームから始まるんですよ、社内スタートアップのように。私もプロトタイプのコードを書きますし、エンジニアリングにも、デザインの部分にも関わります。

私自身は、昔からものごとをHolistic(総体的に)に物事を見ることも好きでしたし、個々のプロダクトにも強い興味がありました。Googleのプロダクトマネジャーは、最先端のテクノロジーにも深く関わりますし、そのプロダクトが世の中にどういうインパクトをもたらすかについても責任を持てる。そういう意味では、私の志向にとてもよく合っていて、一粒で二度おいしい適職だと思っています(笑)。それに、“Googleならではのサイズ”とでもいいましょうか、“Googleだから解ける問題”というものがあるとは思いますね。良いプロダクトを生み出せれば、驚くほど多くの人の生活に影響を与えられますから。仕事というより、本当に好きなことを深くやっている、という感じがしますね。

新しいものは、どうやって生まれるのでしょうか。ユーザーインサイトから来るものなのか最先端のテクノロジーから来るものなのか。

新しいものが生まれるアプローチとしては、「優れたテクノロジーがあり、ある人たちが偶然または意図的に、その用途を見出す」、ということもあれば、「ユーザーの視点からスタートして、そこから後づけでプロダクトをつくる」ということも確かにあります。ただ、決定的に大事なのは、ユーザーや世界の人達が持っている大事な問題を解決することや、潜在的に強くあるニーズに合ったものをつくることだと思っています。

いくらテクノロジーが凄かろうと、マーケットリサーチをしようと、本質的なところでユーザーの問題解決をしていなければ、結局誰も使ってくれないと思うんですよ。最新のテクノロジーが可能にするものがあるとしても、あくまでもスタートは「ユーザーの問題やユーザーの根源的なニーズ」であり、結果として、問題解決のためのEnabling technology(実現する技術)が存在する、という関係だと思います。プロダクト開発の途上でも、「いったい今、何の問題を解いているのか」を改めて問うことは非常に重要なことであり、Googleではお互いによく発し合う問いです。

井上さんがユーザーの視点に立つために、普通の人の感覚を持つために何か工夫していることはありますか。

もともと私は、プロダクトが好きですし、ガジェットが好きなんですよ。新しいものを真っ先に使ってみて、「これは素晴らしい!」とか、「これはもう少し何とかならないのかな?」ということをよく考えています。これは自分が開発したプロダクトでもそうなんですけどね。「こういうツールを、こういう風に使って、自分の生活がもっと便利にならないかな」って、いつも考えています。そういう感覚は非常に重要だと思うんですよ。どうしてもこの業界にいて、それを仕事にしていると、“tech savvy”な感覚にだんだん慣れていってしまうんですが、それを敢えて日々リセットして、「ユーザーとして考えること」を、意識的にやることは非常に大事だと思いますね。

私が日々やっているプロダクト開発についていえば、ひとつのセッションの中でも、コードを書くときはエンジニアリングマインド全開、「技術ありき」の脳でコーディングに没頭しますが、それをビルドしてシミュレーターの上で動かすときは、徹底的にユーザー視点にスイッチして、「うーん、これは違う」と(笑)。この二つの繰り返しですね。

一方で、ユーザー視点が重要だからといって、テクノロジーを軽視する訳ではもちろんありません。むしろ、非常に重要だと思います。Enabling technologyに対するセンスというか、常にアンテナが立っていることというか、これは大事なことです。たとえば私が手がけたGoogleの日本語音声検索などは、それを可能にする高度なテクノロジーと、世の中にスマートフォンが出てきてユーザーニーズが見えてきたことの両方が合わせってはじめて、プロダクトになり得たと言えますから。

井上さんが世に送り出したプロダクトの数々を考えると、2008年以降の「数年間の出来事」とはとても思えません。まさに時代と合致していると感じます。時代が時代なら、井上さんはインテルでチップを開発している、という可能性もあったのでしょうか?

それは確かにありますね、私の学生時代は「あらゆるものがネットワークにつながり、大量のデータがそこを行き来し、世の中や生活を変えている」といううねりを最も強く感じていました。そういう意味で、大学院ではコンピュータサイエンスにフォーカスして学ぼうと思ったのです。であれば、その分野のエッジ、スタンフォード大学に身を置いて学ぶのが最適だと考えたわけです。

そして今、Googleで世界中のユーザーに向けて新しいプロダクトを開発しているのは、今の時代にいる私にとっては必然といえるかもしれません。特に、スマートフォンの黎明期にGoogleに入社し、極めて大きなスケールに到達するまで、当事者として数々のプロダクトに関わってきたことは、私にとって非常に幸運なことです。

これは巡り合せですね。ちょうど「その時代に、その場所に居合わせている」。そういう感じがします。世界の変わり様をみると、わずか数年の出来事だとはとても思えません。しかも、本当の変化はまだまだこれからだと感じています。

井上さんはもともと、どんな子どもだったのですか?

昔から、新しいことが大好きでしたね。ガジェットも大好きで、子供のころからザウルス(シャープ社のPDA)をおもちゃ代わりに使っていました。今もスマートフォンを3台持っていますよ。Android2台に、iPhone1台。これをユーザーとしてしょっちゅう触りながら、ユーザーの視点を持つようにしています。

それに、子供のころから「世界に出ていく」という考えや、「人々の生活を変える」という意識は自然に持っていました。父親も海外に触れることが多い仕事だったため、私にとって今の生活は自然なことなのかもしれません。

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