株式会社ビービット
代表取締役 遠藤直紀 氏
横浜国立大学経営学部卒業後、アンダーセンコンサルティング(現・アクセンチュア)に入社。技術グループにてコンサルティングプロジェクトに従事。2000年にビービットを設立し代表取締役に就任。
「ユーザー視点でマーケティングを構築しなおす」という発想は起業当時からあったものなのですか。
いえいえ、起業当初は10人ほどの仲間が集まって「何か面白いことをやれたらいいね」といったところから始めたんです。当時は理念も事業内容もあいまいで、何も決まらないまま資金ばかりがどんどん減っていきました。当初いた仲間も抜けていき、私を含めて残った4人が「さすがに解散はまずい」ということで本格的にビービットという会社をスタートさせました。
現在はお陰様で順調に経営していますが、最初は何をやるかも決まっていないのに負の遺産だけはあるという、まさに「マイナスからのスタート」だったんですよ。当時24歳の私を筆頭に、何の経験もない若造4人が集まって「俺たち、なんのために生きようか」みたいな話ばかりをする日々が続きましたね。
その状況から、どのようにして現在のような事業に至ったのですか。
その時に話し合ったことが、今に至るまでの会社の考え方を方向づけていると思います。会社をやるのには、2つの道があります。1つは、「パッと儲けて、分配して、さよなら」というやり方。もう1つは「何のために、何の事業をやるかを考えて、きちんと腰を据えてやる」というやり方。当時、外資系投資銀行やベンチャーキャピタルの方々から投資の話を頂くことが多く、よくお会いしてお話していました。
ご存じのとおり、彼らは日々巨額の資金を動かして、自身もかなりの給与を得ている人たちなのに、お会いする度に投資の話とは別に、「ところで最近、何か面白いことないの?」とばかり言ってくるんですよ。彼らを見ていて、いくらお金を稼いでも、それだけでは満たされないし、面白さとは関係ないんだな、と感じましたね。お金がないのはもちろん困りますが、それ自体が目的ではないということ、制約条件のために生きるのはいやだと思いました。
「パッと儲けて、さようなら」という選択肢は切った、ということですね。
そうです。「それじゃあ、何のために、何の事業をやろうか」ということを話した時に、「自分達で今変えたいこと」「おかしいと思うこと」について議論をしたのです。そこから今の事業が生まれました。私はもともと文系からソフトウェアエンジニアになりました。そこで感じたのが「コンピュータを使えない奴はバカだ」という風潮です。おそらく今でもこういう感覚の人はいるのではないかと思うのですが、私自身がもともとコンピュータを自在に使いこなしていたわけではなかったので、この考え方には違和感を持ちました。
コンピュータって所詮はただの「道具」であって、人間の役に立つためのモノのはずなのに「コンピュータを使えない人間はバカ」という考え方では主従関係が逆転していますよね。一方でシステム開発の現場では何が起きていたかというと、ユーザーが最も使う画面の設計が、一番下位の仕事に位置付けられていたんです。本来ユーザーが直接触る部分の設計には、高い専門性が必要なはずなのに、一番下のレベルのエンジニアが、意味もわからず手を動かして設計している。こんな構造では使いやすくなるわけがないとも思いました。戦後のとにかくモノがなかった時代には、そうした使いづらいモノでもよかったんだと思います。
しかし今はそういう時代ではありません。モノは、もう溢れている。今こそ原点回帰が必要なのではないかと思いました。モノを工夫して使いながらどうにかこうにか生きるのではなくて、人間自身がもっと創造的に、幸せに生きていくべきではないか、と。コンピュータが使いにくいのはコンピュータの問題であって、人間の問題ではありません。「人間中心でコンピュータを作り直すべき」と思ったのです。見渡すとコンピュータ以外の様々なサービスや製品にも当てはまると思いました。「もっと人間中心に」というのが、私たちの主張であり、解きたい問題となったのです。
それが今まで一貫して主張している、人間中心・ユーザー中心・顧客中心という理念に繋がるのですね。
ただ、その当時はまだその領域を専業としてやっている人は一人もいませんでしたから、そもそもニーズがないんじゃないの、という意見もありました。しかし我々はベンチャー企業なんだから、どこかでリスクテイクしないといけないわけですし、だったらこの課題を解いていきたいと思いました。「人間中心マーケティング」という業界が存在しないのであれば、市場を自ら創ってナンバーワンになろうとスタートしたのが、今のビービットなんです。
クライント企業は、なぜビービットのサービスを選ぶのでしょうか
シンプルに言いますと、「ビジネス成果が上がって、得をする」からだと思います。昨今、ビジネスにおけるインターネットの位置付け、その重要度は極めて高くなっています。モノやサービスを売りたいと考えたらお客さんとコミュニケーションを取らなければなりませんし、それはお客さんのいる場所でなければ意味がありません。最近では20代から40代については、テレビよりもインターネットの方が、接触時間が長くなっているという統計が出ています。ということは、20代から40代がターゲットの商品であれば、インターネットでコミュニケーションを取った方が確率が高いわけです。
しかし、単にウェブサイトを用意すればいいという訳ではありません。デザイン性や凝った仕掛けがポイントになる訳でもありません。繰り返すようですが、顧客中心、人間中心で設計されているかどうかが重要なのです。例えば、液晶テレビを売りたいと考えたとします。あなたがユーザーなら、インターネットで「どれが性能がいいだろうか、家に置けるサイズだろうか、幾らぐらいだろうか」など明確な目的を持って情報を探しますよね。その時に、派手な演出で賑やかされたり、驚かされることは望んでいないはずです。大体は「邪魔だなぁ、これ。」と思いながら見ているはず。
或いは、関係がない広告は全く目に入らなかったりとか。ユーザーは、探している情報を見つけたいだけなんです。ならば、インターネットでユーザーと有効なコミュニケーションを確立するには、「探しているものを提示する」以外にはありません。よくある事例として、お客さんは価格を調べるために企業のウェブサイトにやってきたのに、企業側は価格に優位性がない場合、「見せたくない」という心理から、価格情報を隠してしまっている...ということがあります。でもそれでは全くの逆効果です。辞書で単語を探したらいつまでも見つからないようなもの。そんな状態では見向きもされなくなってしまいます。ではどうすればいいか?辞書を引いて探している単語を見つけた後、そこに「実はこの単語には、こういう第二の意味があって...」と書いてあったら、そのまま読み続けますよね。それと同じです。
まずは、価格は価格で提示してしまうのです。その価格が高いのであれば、「高いのには理由があるんです」と、しっかりと説明すればいい。「価格は高いですが、我々の最高のサポートを受けることができます。具体的には...」と、顧客に対して丁寧に伝えていけばいいんです。このように、ユーザーが求めている流れに沿って丁寧なコミュニケーションを取ることで、ユーザーに満足してもらい、企業にとっても高い成果をもたらすマーケティング戦略が実現できるのです。過去には三井住友銀行住宅ローンプロジェクトで10倍もの高い成果を上げたり、セコムでは資料請求数が6倍に改善したりという成果を実際に上げています。
企業はリーマンショック、震災と続いたことで、強い危機感を感じています。もう、成果が明確でないことに取り組む余裕はありません。クリエイティブなデザインのウェブサイトを作って、カンヌ国際広告祭で受賞しても、顧客にとって有益で、その価値を測定できるものでなければ、何の意味もないのです。私たちは、10年以上一貫して「ユーザー中心」のウェブサイトを提唱し、そのメソドロジ―を磨き続けています。こういった企業の本質的な変化と、我々の提供するサービスが完全に合致しているため、多くのクライアント企業様から高くご評価いただき、成長できているのではないかと思います。
今後のビジョンを教えてください。
これまで以上に「人間中心」「ユーザー中心」「顧客中心」という考え方を広めていきたいと考えています。あるコンサルティングファームが出した興味深い調査結果があるのですが、顧客ロイヤリティーと企業の利益は、大きな相関関係があるそうです。顧客満足度が高い企業は、安定して利益を出すことができているんですね。アメリカでは、株主総会で「顧客価値」を数値化したものを発表する企業が既に出てきています。このような動きは、これまでになかった非常に革新的な潮流だと思います。このような考え方はまだ出てきたばかりで洗練された状態ではありません。
しかし「顧客にとっての価値(カスタマーバリュー)」を計り、事業経営に反映させるという活動は、人類にとって非常に重要だと考えています。そこを巡るビジネスには、私たちもぜひ参加したいと思っています。「顧客志向」の社会で「顧客価値」を計り、事業経営に反映させれば、その企業は必ず利益が上がっていく、こういう世界を創って行きたいと思っています。誤解がないよう申し上げますと、私は一貫して顧客志向を強調していますが、それと矛盾しない形で、「利益」は極めて重要だと思っています。利益がないと従業員に対して給料も払えないし、未来への投資もできません。
継続性という観点からも、蓄えがないと景気変動に耐えられませんからね。ただし、いくら利益が重要でも、利益が目的だとは思いません。目的はあくまでも「貢献」であるはずです。貢献と利益が連動していることに大きな意味があると思うのです。その1つの鍵がカスタマーバリューにあるのではないかと思っています。カスタマーバリューを高めるためには顧客を理解しないといけません。徹底的な顧客理解がない限りそれを高めることはできないのです。さらに、顧客はともすると自分自身のことを理解していないケースが多かったりします。ですから、本当に顧客を深く理解する「方法論」が強く求められているのです。
私たちビービットは10年以上、「どうすればユーザーを深く理解できるか」ということを、徹底的に考えてきました。定量、定性の両面から、どうすれば分析できるのかということを追求し続けています。顧客を理解する方法論をきちんと組み合わせていき、「カスタマーバリューを計る仕組み」、「顧客志向型社会のインフラ」のようなものを創りたい、というのが私たちの今後のビジョンです。
海外展開も視野に入れていらっしゃいますか。
もちろんです。実際に昨年から海外展開の準備を進めており、現在は台湾に現地法人を作っている最中なんですよ。私たちが考える、「人間中心」「ユーザー中心」「顧客中心」という考え方は、必ずしも日本企業にのみ当てはまるものではありません。当然ながら、海外の企業もこの考えの対象となり得ると思っています。最終的には世界中の企業を顧客志向型にすることが私たちのビジョンですから。
とはいえ、ビービット1社で世界中の企業にサービスを提供することは、数の上でとても難しいと考えています。そこで、キャズムの理論に基づいて、世界でも影響力の大きい企業を中心にサービスを展開し、彼らを顧客志向型企業に変革することで世界中のビジネスの在り方を変えようと考え、今後影響力を持つであろう企業が集中する地域にまずは展開することを決めました。リサーチを重ねた結果、これから最も伸びていく市場が、台湾、韓国、中国など、東アジアの企業でした。このままいけば、フォーブス2000に800社ほどの企業がリストアップされるであろうポテンシャルを秘めています。
日本企業と合わせて、これだけの企業があれば、我々の目指す「世界中のビジネスを顧客志向型に変革する」ということが達成できそうだと考えています。これが今、我々が決めている目標です。2012年は海外展開元年としてすでに台湾オフィスを開設し、実行に移っています。地理的、文化的、法制度的に比較的日本に近い台湾を海外展開のスタート地点として、これから東アジア地域に大きく展開していこうと思っています。
最後に、このインタビューの読者にお伝えしたいことをお願いします。
グローバル化が叫ばれる時代、私たちは日本人でもありますが、その上位概念として「地球人である」という視点を持つことが大事ではないかと思います。そのような時代、社会人としての価値観、ビジネスパーソンにとって必要な経験、能力はこれまでとはまた違ったものに変化していくでしょう。
これまでの常識や既成概念にとらわれず、地球人として、「どうやって世界や人類に対して価値が出せるのか」ということを考えたとき、自分たちのできる範囲で、戦略的に、成し遂げられる範囲、をきちんと設定してビジョンを実現していける人材にならなければならないと思っています。ビービットはそのようなマインドを持つ人材を求めていますし、一緒にこれまでお話したようなビジョンを実現していく仲間を増やしていきたいと思っています。